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プログラマーやっています。技術よりも人間学的なところが好きです。

Webエンジニアが効率よく成長をするために心がけるべきこと

こんにちは、STORES.jpのUI改善チームに所属する@dexia2です!

普段は文字通りUIを改善したり、古いフレームワークで書かれたページをリプレースしたりしています。

STORES.jp Advent Calendar 2019の4日目は、「Webエンジニアが効率よく成長をするために心がけるべきこと」というテーマについてです。

よく語られるテーマなのでハードルがなかなか高いですが、経験を交えながら頑張って書こうと思います!

要約

  • 書を読む際は心を虚しくして、熟読すべし
  • 博く学び、問い、思い、弁じ、行うことを通じて、道を明らかにする
  • 知っていて行わないのは、知らないということ
  • 学の広さと深さを同時に求める

背景

この業界ではWebエンジニアへの要求が日々高まっており、学ぶべき領域は広がり続けています。 目にする情報量は増大し、学べば学ぶほどその広さに愕然します。

そうした背景からWebエンジニアは広く学ぶことへの執着を深め、何を学ぶべきか、新しい技術は何かについて探し続けているように見えます。

しかし、広い情報をいかに学んでいくか、についてよく語られている一方で、深い情報をいかに獲得すべきかについて語られることは少ないように思います。

そこで本稿では、生涯をかけて「いかにして学ぶべきか」を突き詰めた偉大な先人たちの論を振り返りながら、改めて学ぶことについて思索していくことにします。

論拠

中国思想

本稿では中国思想を元に論じていくことにします。
科学偏重の時代にあるからこそ、科学でない哲学体系から学ぶものは大きいですし、自分自身が実践していない哲学の論を述べることは誠実な態度ではないと思うからです。

中国の哲学体系は広範で捉えどころがないですが、本稿ではその中でも朱子学、中庸、陽明学の三つを取り上げます。

中国思想に抵抗がある方は「本を読む本」という書籍があるので、そちらを参考にしてもらえばいいと思います。 こちらは技巧の面から書かれていて、誰でも読みやすいです。

朱子学

朱子学朱熹(以下、朱子)が成立させた宇宙論まで含んだ巨大な哲学体系です。朱子南宋の時代にこれまでの中国哲学を省み、それらを統合するという計り知れない偉業を成し遂げました。
したがって、学ぶということに関して朱子より適した人物はいないのではないでしょうか。

中庸

中庸は朱子やその後の論争に当たってよく取り上げられる書の名前です。 成立自体は朱子よりかなり古く、作者もはっきりと確定していませんが、朱子学やその後の論争を振り返る際に中庸を知らずして語るのは難しいように思います。

陽明学

陽明学王陽明の論述を基に築かれた哲学体系です。 王陽明は元々、朱子学の徒でしたが、朱子学を突き詰めるうちにその限界に突き当たり、それを乗り越えるために新しい学を説きました。これが陽明学です。

本稿では朱子学を中心にした論を展開しますが、あえてそれを批判した陽明学を知ることで、かえって広く思想を理解することができるのではないかと思います。

先人たちの学び方

朱子学

本項では朱子の読書法を通じて、その学び方に触れていきます。

一つの書を徹底して読む

朱子の説く読書では、作者の心が自分に重なるまで徹底して一つの書を読みます。 一文字、一段の意味を追求し、その本がなくても書いてあったことが心に刻まれ、全て口に出して言えるという段階を求めます。

また、知識をひけらかすことをよしとせず、書の伝えんとすることを自分ごとのように理解するように努めます。読書は知識の追求ではなく、自分自身を追求することと捉えます。

論語」を読むときは「孟子」は存在しないと思いつめ、いたずらに本を読まずに、ひたすら丹念に繰り返し読むのが朱子の読書の特徴です。

心を虚にする

朱子の読書では一つの本をひたすら読むわけですが、その際は心を虚にします。 心を虚にするということは自分の意見を立てず、新説を立てず、著者の心に寸分の狂いもなく従うということです。

理解できないところも一字一字噛みしめながら読み、分かるまで読みます。 全体像がわかっても、詳細を理解するまで細心を払います。

全てを理解する前に自分の意見を先取りしてしまえば、学ぶところがなく、結局何にもならないというのが朱子の主張です。

中庸

中庸は学び方がよくまとまっている一節があり、そこから得るものが多いためそこに絞って紹介します。

学問思弁行

博くこれを学び、審らかにこれを問い、慎みてこれを思い、明らかにこれを弁じ、篤くこれを行なう。

「何事でもひろく学んで知識をひろめ、くわしく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析して判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする」(『大学・中庸』金谷治訳)

中庸の学び方はこれらの学、問、思、弁、行の実践を説いています。 ただ実践するというだけではなく、学んでいないことがあれば十分になるまでやめず、分析していないことがあれば分析し尽くすまでやめないという徹底的な態度です。

朱子の読書は一つの書に集中し、自然に思いが湧いてくるまで読みふけるというものでしたが、中庸では学ぶだけでなく分析的、行動的な態度が強調されています。

とはいえ、それは朱子から見たときの相対的な物の見方であり、中庸自体の考えを素直にとれば、中国哲学らしいバランスを重視した思想という見方ができると思います。 学ぶだけでなく、問うこと、思うことが必要であり、さらに考えるだけでは不十分で、実践までしなくてはいけないというところは五行の思想に通じるものを感じます。

陽明学

先述した通り、王陽明朱子学を学んでいましたが、その限界に突きあたって新しい学問を開きました。 本稿では朱子学に対抗した陽明学の考えを紹介します。

ただし、陽明学朱子学の一部を問題にしているだけであって、朱子学の全体を批判しているわけではありません。

知行合一

朱子はどちらかといえば知が先立つことを考えていました。徹底して理を追求し、物事の自然とは何かを悟るまで学んだのちに行動するという態度を徹底していました。

しかし王陽明は自身の経験から、物事の自然は自分自身にあり、それは知の後にくるものではないということを主張しました。 これが有名な知行合一という考え方です。

陽明学の立場からすると、「知るということは必ず行うことに結びつくはずであり、知っていながら行わないというのはまだ知っていないことだ」と主張します。 どんなものでも自分が体験してこそ知ることができ、いかに語ることができたとしても知っているとは言えない、という態度は朱子、中庸の考えと比べてもかなり激しいものです。

事上練磨

知行合一と並んで陽明学でよく取り上げられるのは事上練磨という考え方です。 事上は日々の生活、日々の仕事のことを指し、練磨というのは自分の能力を磨くことを意味します。 これも読書、静坐につとめて学を深めようとした朱子に対抗した学説と捉えることができます。

静かな環境に浸っていても、いざ事に対した時に自分を見失うのであり、むしろ日常の中で培ったものが静かな環境でも生きてくると説きます。 知行合一と合わせて陽明学の行動学的な側面が強く伺えます。

先人たちから何を学ぶべきか

徹底して学ぶ

ここまで朱子学、中庸、陽明学の三つを取り上げましたが、いずれも広く浅く学ぶべきだと説くものはありません。 朱子は徹底した学を、中庸は徹底したバランスを、陽明学は徹底した行動を説いていますが、どれも苛烈で集中した態度を求めています。

学ぶための道筋はいくつかあるとしても、徹底して学ぶ態度がなければ深く道を悟るのは難しいのではないかと思います。

学ぶことに留まらない

中庸あるいは陽明学から朱子学を捉えるなら行動が弱いように見えますが、朱子も書を読むときは自分ごととして読まないといけないと主張しており、決して学だけを尊んでいるわけではありません。

それぞれが、自分の問題として学を捉え、その上でどのように自分を練磨していくかということを問うています。 また、中庸ではその手段として問い、議論、分別も挙げており、知ることは過程のうちの一つに過ぎないという見方をしています。

よって、学を極めようとするなら、知ることを前提としていかに自身を変えていけるかまで追求していく必要があると言えます。

いかにして学んでいくべきか

以上まで、先人たちがいかに学を捉えてきたか、そこから何を学ぶべきかについて論じてきました。 しかし、実際の問題に立ち向かうにあたっては、以上の議論は実践には不十分であり、朱子が論じるところの「自分ごと」として認識を深めなくてはいけません。

本項では、先人たちの学と自分たちの問題を繋げる接点について考えようと思います。

広さと深さの統合

科学から発した学問領域は全ての分野で拡大しており、科学の性質を踏まえれば今後もその傾向が変わることは考えづらいです。 かといって、深さのない学問は用に足らないため、学習者はこの矛盾した要求を成立させなくてはいけません。

矛盾の論理

この矛盾を統合する際にも、中国の哲学思想である陰陽思想が役に立ちます。 以前書いた記事が詳しいですが、端的に書けば「どんな時でも矛盾の関係はなくならないけれども、互いに助け合って存在する」というものです。

広さと深さにこの論理を適用すると、広さと深さは矛盾していますが、かといって広さと深さは独立して存在するものではないということになります。 ここから導かれる結論は、どちらも両立させるように調整し、どちらかを完全に無くしてはいけないということです。

基本的に中国の哲学の底には有りか無しかという二元論ではなく、割合を変えていくという発想が流れています。

初学と老練

具体的にこの問題を解決するにあたって、熟練度による切り分けがあると思います。 特に初学の段階であれば、ひたすら深さだけを追求しても仕事をなすことができないため、広さが要求されます。

そこで最初の段階であれば広く学ぶことを尊びながら、その上で深く学ぶ領域を少しだけ残しておくというのが良いかなと思います。 初学の段階を過ぎれば、そこから広く学ぶことを減らし、深く学ぶ方法を追求していくというのが現実的な解になります。

また、広く学ぶ中でも学、問、思、弁、行を欠かすことはしてはならず、知って終わりということはしないようにします。 ただし、徹底的にやり尽くすのではなく、広さを維持できる程度に行うというバランス感覚が大事です。

何を学ぶべきか

学問領域には深さを追求できるものと追求できないものがあります。 端的に言えば、具体的なものは浅く、抽象的なものは深さを持ちます。

良いコーディングスタイルを何かを知ろうとすれば追求が難しいですが、エンジニアはコードをどのように認知しているかという問いには深さがあります。 あるいはBOTの実装方法はこれまた単純な問題になりますが、良いBOTとは何か、BOTは開発業務をいかにして改善するかという問いを立てれば、深さに限りがありません。

したがって、学を深めるためには高い抽象に取り組み、それを実践していくことが求められています。 高い抽象、すなわち原理原則は科学の方向で論述されることが多いですが、哲学、東洋哲学などの思想領域にも高い抽象は存在します。

そうした学について朱子学、中庸、陽明学の学び方ができれば得ることは甚大になると思います。

STORES.jpはいかにして学んでいるのか

知行合一の重視

STORES.jpは、陽明学を遵守するような立場をとっています。 すなわち、知っていることと行動することに差異がない状態を目指しています。

レビューが溜まりがちだと感じたらすぐにBOTで状態を通知するようにし、テストのやり方がまずいと思えば体系的なテストの方法をすぐに適用するようにします。

行おうとする気持ちと行うことに差がなく、全員が今のこの瞬間を観察し、咄嗟に動いてしまう性格がチームをどれだけ良くしているのか計り知るのは難しいです。

読書会

また具体的な学習方法として、チーム・社内では時折、読書会を行っています。具体的な手順としては、下記のように実施しています。

  • 事前に書を読み、問いを立てる
  • 当日読み合わせ、問いに対して議論する
  • 自分たちを改善するための行動まで落とし込む
  • 著者の意図を汲んで改変はせず、できる限りそのまま実行する
  • 反省する
  • 自分の言葉で経験をまとめ、社内外で発表する

朱子学、中庸、陽明学のいずれの立場から見てもそれなりの学習方法が実践できていると思います。 内容としてはセキュリティだったり、スクラムだったりです。具体的なものもありますが、その中でも抽象的な原理にも着目するようにしています。

課題

陽明学を遵守すると前述したように、STORES.jpは何より実践を重視します。分からないことはやっていないから分からないのだと考えます。

一方で朱子学のような特定の分野に対する徹底した態度にかける面があり、一部ではようやく深い追求が始まりましたが、まだまだ広く浅くという面が残っています。

また、中庸が説くところの「問う、思う」よりも先に行動が来ることがあり、早すぎる行動が目立つように感じています。

よって、現在の学習態度に甘んじず、どうすればより深く学べるのか、背景にある根本原理は何か、についてさらに考え、実践していきたいと思っています。

まとめ

この記事は自分の失敗経験を踏まえて書きました。 以前は広さを求めて、知識と行うことが離れてしまい、学んでいるのに何も学んでいないような状態でした。 学の広さは十分になりましたが、遠くにいるエンジニアと差はまるで埋まらないようでした。

そこから思い直して、深さを求めながら実践を心がけるようにし、議論を行い、それを自分ごとになるまで言葉を練っていくというのを続けました。 幸い、会社の文化もそれに合っていたため、それが実現し、得るものは多大でした。

繰り返しているように、学ぶべき情報は依然として多くなるでしょう。 ゆえに枝葉と幹を見極め、より深い幹を涵養することがWebエンジニアに求められるのではと思います。

以上から、深く学ぶための哲学を理解、実践していくことが、結果的にWebエンジニアが効率よく成長していくことに繋がるのではと考えています。

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今回の記事はどうでしたか? 少しでも心に響くものがあったなら嬉しいです。

明日のSTORES.jp Advent Calendar 2019の担当は@thamamurです。

楽しみにしていてください!

参考文献

参考文献は以下によりました。

三浦國雄「朱子語類」抄

金谷治大学・中庸

守屋洋新釈 伝習録